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筑後川まるごと
リバーパーク

筑後川はテーマパーク!?

筑後川水系を中心に筑後川・矢部川流域全体を対象にした広域観光で、筑後川・矢部川流域全体を川と水をテーマにした一つのまとまりのあるテーマパークとしてとらえています。観光が画一的にならないで、流域各地の特徴を活かしたものとするため、流域を11のゾーンに分けています。「筑後川まるごとリバーパーク」を「ディズニーランド」に置き換えてみれば、11の各ゾーンは「冒険の国」、「おとぎの国」、「未来の国」などにあたります。地元の地域活性化で活動するグループが主体となって着地型のツアーを企画し、ビジターはゾーンごとに新しい刺激を期待してドキドキして訪れることになります。各ゾーンで企画されたツアーをネットワークすることで、筑後川まるごとリバーパークの多彩な観光資源をアピールし、滞在者やリピータを確保できます。筑後川流域の環境・文化の保全に努めることがリバーパークの魅力を高め、ひいては流域の活性化(持続可能性)に貢献すると考えています。

筑後川まるごとリバーパーク

地図を持って出かけよう!

それぞれの場所にそれぞれの特色があり、あなたにもきっとお気に入りの場所が見つかるはずです。そして、お気に入りの場所には違った季節にも足を運んでみてください。春夏秋冬でいつもとは違った顔を覗かせてくれるかもしれません。

リーフレット<日本語版>

01

筑後川水源の自然と温泉郷ゾーン

九重高原

筑後川は日田市で、玖珠川と大山川に分かれます。筑後川の全長は143kmとなっていますが、これは大山川の上流南小国を源流として測ったもので、源流は九重連山と阿蘇外輪山の麓にあり、全国的に有名な黒川温泉をはじめ人気の高い温泉地があり、素晴らしい自然とともに楽しめます。

02

玖珠川メルヘンゾーン

慈恩の滝

玖珠川の流域には、「竜門の滝」、「慈恩の滝」、「三日月の滝」など特色ある滝があります。春は「ミヤマ霧島つつじ」、夏は登山、秋は紅葉、冬はスキーと四季をとおして楽しめます。。玖珠町は、久留島武彦の生誕の地で、「日本のアンデルセン」とたたえられ、童話の父と呼ばれています。5月5日のこどもの日を中心に「日本童話祭」が開かれ、日本各地や外国から多くの人が訪れます。

03

ダムと森林のエコゾーン

下筌ダム

昭和28年(1953年)の水害は筑後川流域に大災害をもたらしました。これを期に、洪水調整を主とした目的で「下筌」、「松原」のダムが計画されましたが、この計画に対し激しい反対運動が展開され、「蜂の巣城闘争」と呼ばれています。10年後の1963年に2つのダムは完成しましたが、この反対運動は日本の公共事業のすすめ方を見直すきっかけとなりました。ダム湖の周りは森林地帯で、森林が健全な保全はダム湖の水量や水質の確保に大切です。

04

水郷と歴史ゾーン

日田温泉

地元では水郷をすいきょうと呼ぶ日田市は、江戸時代には九州を総括する天領として、明治になってからは木材の集散地として栄えました。長年の経済力によって培われた学芸・文化は、古い街並みと共に今に受け継がれています。2月中旬から3月下旬にかけての「おひなまつり」、ユネスコの無形文化遺産に登録された7月下旬の祇園祭の曳山は特に有名です。豆田町は江戸時代から日本各地より文人・墨客が訪れたところで、保存された街並みに当時の面影が色濃く残っています。三隈川(筑後川のことは日田ではこう呼ぶ)に面した隈町は温泉街で、鵜飼も行われてます。

05

山里と陶芸のゾーン

小鹿田焼

今からおよそ400年前、豊臣秀吉が朝鮮に出兵しましたが、その時に多くの陶工が連れてこられました。この陶工たちの技術が九州各地に伝わり発展し、九州は「陶芸王国」とよばれるようになりました。小石原では黒田藩の庇護のもとその技術が継承され今では陶芸の里として多くの窯元があります。江戸時代後期に小石原の陶工の指導で小鹿田焼が生まれたましたが、「からうす」で土を砕くなど当時の工法を今も忠実に継承しています。柳宗悦、バーナード・リーチが訪れたことでも有名です。

06

水と文化の歴史ゾーン

三連水車

筑後川の本流は、江戸時代に筑後四堰が造られるまで農業用水として利用されていませんでした。江戸時代の祖先たちが築いた利水技術は今も継承され、山田堰は今も江戸時代の姿をとどめていて、ペシャワール会のアフガニスタンでの灌漑のモデルとなりました。山田堰から水を引く朝倉の三連水車は300年を超えて今なお使用されています。筑後川沿いの原鶴温泉や筑後川温泉では鵜飼が楽しめ、ブドウ、カキ、ナシ、リンゴ、イチゴなどの産地で観光農園も多数あり、美しい棚田も有名です。筑後川左岸の吉井町は、古い立派な蔵が立ち並び「白壁の街」として有名です。5月の連休にはそれらが小さな美術館となり、巡る人たちで賑います。筑後川の右岸側は江戸時代に黒田藩の支藩秋月藩が置かれたところで、秋月城址や武家屋敷が残り、城下町の風情があります。標高889mの古処山を水源とする豊かな水は、この地に和紙、草木染、川茸(水前寺のり)、葛など独自の文化的な産物を生み出しました。平塚川添遺跡は、弥生時代中期から古墳時代にかけての遺跡であり、弥生時代の生活を体験できます。

07

自然と産業の共生ゾーン

筑後川の菜の花

このゾーンは、九州の東西南北に通ずるクロスロードとして交通の要所であり、工場や流通拠点が集積しています。工業団地や倉庫群、交差する高速道路などは、機能性を重視した近代的な人工物で、集積された産業は見学の対象としても魅力的ですが、背後の脊振山系は豊かな自然が残っています。工場群と周辺の自然との調和と共生がテーマになるゾーンです。

08

耳納北麓フルーツと文化ゾーン

つづら棚田

耳納北麓は、園芸が盛んで日本でも有数の植木の産地です。畑や水田で植木が育てられていて、独特な風景を構成しています。筑後一円の櫨の木も柳坂には並木が残っており、秋には人々の目を楽しませています。田主丸は巨峰ブドウの産地で、富有柿でも有名で観光農園も数多くあります。草野には、その数奇な歴史を物語る街並みが保存され、久留米は、青木繁をはじめ近代日本を代表する画家を数多く生み出していて、久留米市美術館にはそれらの作品が展示されています。筑後の地は久留米絣など伝統工芸も豊富です。

09

川下りと木工芸ゾーン

筑後川下り

筑後川はかつて舟運が盛んで、河口の大川は昭和初期まで福岡県で貨物の取引量が一番多かったと言われています。上流の日田杉が筏に組まれ大川に下り、舟や家具に加工され、現在の木工産業に引き継がれています。福岡都市圏や南部、佐賀東部などに水を引くため造られた筑後大堰には、閘門があり船の航行が可能で、久留米から有明海まで下れる。干満の差が大きい有明海の潮は筑後大堰まで及び、川は潮の流れに応じて表情を変え、船から見る昇開橋の夕日は素晴らしい。大川は木工体験もでき、古賀政男の生誕地です。

10

矢部川・柳川堀割ゾーン

柳川川下り

柳川には年間80万人以上の観光客が訪れ、情緒溢れる街並みを散歩したり、川下りなどを楽しんだりします。春の流し雛とさげもん祭り、初秋の月見舟、嗚月の白秋祭、冬のコタツ舟など、四季おりおりの祭りや風物詩など数々の催し物が開催されています。名物の「うなぎのせいろ蒸し」や有明海の珍味など食道楽を満足させる食べ物もたくさん。柳川は環境と経済を両立・統合させるモデルになっています。北原白秋や壇一雄など多くの文人を生み出していることもあり、柳川にそそぐ矢部川流域は伝統工芸の宝庫です。

11

吉野ヶ里と古代ロマンゾーン

吉野ヶ里遺跡

吉野ケ里遺跡は全国一の規模をもつ弥生時代の環濠集落跡であり、物見櫓や竪穴式住居など復元など歴史公園として整備されていて、古代の生活を目のあたりに想像できます。秦の始皇帝が派遣した徐福が不老長寿の薬草をもとめてこの近くに上陸したといわれていて、吉野ケ里は徐福の子孫が代々住んでいたという説もあります。吉野ケ里周辺は、古代のロマンをかりたてます。

ツアーは毎回大盛況!

筑後川まるごとリバーパークのモデルツアーは、2006年に始まり、2019年時点で98回(3河川交流ツアー含む)実施されました。また、実施したモデルツアーの内容は、「筑後川新聞」に掲載され、旅行社が利用できるようにツアー全容のデータ・ベースを作成しています。

小国両神社
松濤園
日田祇園祭
蒸気蒸しの料理
筑後川花火大会
沖の端風景
蒸気蒸しの料理
地蔵原ビレッジうぐいす庵

2006~2019

2019(詳細)

筑後川連携倶楽部

筑後川連携倶楽部は、筑後川流域圏における地域連携を深めるための情報交換と人的交流を促進し、流域圏における環境向上や文化及び産業復興の発展に寄与し、連携事業により観光及び地域振興を図ることを目的として発足しました。筑後川まるごとリバーパークについて詳しくお知りになりたい方は、筑後川流域倶楽部のホームページをご覧ください。

河川基金

公益財団法人河川財団による
河川基金の助成をうけています。